父親たちの星条旗

Posted: 10月 10th, 2008 | Filed under: アクション, 戦争

「衛生兵を呼べ! 俺を助けてくれ!」



クリント・イーストウッド監督作、”硫黄島”二部作の第一部。
「父親たちの星条旗」はアメリカの視点で第二次世界大戦の硫黄島での激戦を描いたもので、
あとにつづく「硫黄島からの手紙」は日本からの視点で描いたもの。

【ストーリー】
「父親たちの星条旗」の題名となった、硫黄島の擂鉢山の頂上に立てられた星条旗は、アメリカではとても有名なもので、長期間に渡る戦争で辟易しつつあった民衆の戦意を高揚したと言われています。

硫黄島に建てられた星条旗は2つあり、1つはこれを立てた軍のもの。もうひとつは政治家が自室に飾るために立てたもの。
有名な写真となった星条旗は後者のほう。
なぜ、2つあるのかというと、政治家が「あの星条旗を欲しい」と言ったことに立腹した軍の指揮官が、政治家に渡すために後で写真付きで立てたから。
いわゆる”やらせ”だったのです。しかも星条旗を立てた兵士もその後の戦闘で死んでしまった。

実は星条旗を建てたのは硫黄島を制圧したという印ではなく、星条旗を建てた数十日に渡って激戦が繰り広げられる。
この、硫黄島に星条旗を建てるという写真は、アメリカ国内での戦時国債「WAR OF LOAN」に利用されてしまう。

そのために、硫黄島の戦闘でたまたま弾を避けられて生き残った者が旗を立てたことに仕立て上げられ、国債発行という武器弾薬製造の資金調達のために利用されてしまう。
連れて来られた兵士も、「これは茶番だ」といいながらも、やむなくアメリカ全土での「国債購入奨励ツアー」に何日も同行させられる。
旗を立てたのは自分ではないのに、本意ではない民衆に向けての「国債購入奨励」をスピーチすることに。
戦友はいまも最前線で戦い死んでいる状況を思うといたたまれない一人の兵士は、良心の呵責に責められ酒浸りになってしまった。

良心の呵責に責められる者は退廃し、これを利用しようとした者はしぶとくも生きていく。
しかし、しぶとく生きた者にとっても、この硫黄島の戦いはいつまでもPTSD(心的外傷ストレス障害)を引き起こさせる悲惨な記憶なのだった。


【観賞後の感想】
クリント・イーストウッドが何を描きたかったのかが明確にわかる作品です。
硫黄島での激戦と、政治のために都合よく利用された兵士の心の傷を描くこの作品は、いまのアメリカの苦悩をよく描いています。
ベトナム戦争、そして核兵器が存在していなかったのに関わらずイラク戦争を仕掛けたアメリカは、第二次世界大戦の頃からすでに謀略に満ち、いまに至るのだということです。大本営発表は何も日本や北朝鮮だけではないということ。

「プライベート・ライアン」同様の戦闘のグロさがモノトーンに近いカラーで描かれていますが、本題は戦闘のグロさ悲惨さにあるのではなく、その後の兵士たちの苦悩と政府の欺瞞にあります。

”硫黄島”二部作は日米両方の視点から描かれているのは理由があるそうです。
どちらが正義で、どちらが悪というわけではない、どちらが勝つとか、どちらが負けというわけではない。
戦渦に巻き込まれた人間がその後どんな生き方をしたのか、ほんとうは長生きするはずだった人間が戦争によってどんな影響を受けたのかを描いたのです。

「英雄は星条旗を立てた者ではない。戦争で死んでいった戦友である。」
でも、戦争に本当の英雄なんてどこにもいないのです。

力のある者は後方でふんぞり返って指揮して、手柄を自分のものにし、戦線の最前線で戦うソルジャー(兵士)は苦悩し、悲惨な死を遂げていく。
それは現代社会で過労死して行くサラリーマンのようでもあります。

観賞したとき、劇場には年配の人が多かったけれど、過去の戦争を描いた作品を見たくない人も多いことでしょう。


クリント・イーストウッドは現在85歳。普通の人ならとっくの昔に引退してのんびり、という年齢です。
本作品が最後の監督作品になるとは考えたくはありませんが、彼のパワーにただただ脱帽するばかりです。

この作品の原典は、スティーブン・スピルバーグが映画製作権を持っていましたが、クリント・イーストウッドが映画制作権を買い取って製作したそうです。
スティーブン・スピルバーグ自らが製作する予定でしたが、クリント・イーストウッドの申し出で権利を譲り、ドリーム・ワークスとして監督を依頼したとのこと。

現時点で「父親たちの星条旗」はまだアメリカでは公開されておらず、日本先行公開となっています。
アメリカ公開はクリスマスシーズンか、来年始めに公開の予定で、おそらくアカデミー賞を意識したものでしょう。

父親たちの星条旗 公式サイト





Comments are closed.