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沈黙 – サイレンス / silence

Posted: 1月 25th, 2017 | Filed under: ヒューマンドラマ, 文芸

苦しみは沈黙とともにある
silence


遠藤周作の小説「沈黙」を、マーティン・スコセッシ監督が映画化した作品。

小説「沈黙」は、江戸時代初期・キリシタン弾圧下の長崎を舞台にしたポルトガル宣教師と村人、長崎奉行所の役人との対話を通して、信仰の意義を見つめる作品である。

隠れキリシタン弾圧の描写はすさまじいものがある。
雲仙地獄に湧く湯を素肌にかけられる、磔にされたまま火をつけられる、簀巻きにされ火にかけられる、簀巻きにされ海に放り込まれる、斬首される。逆さ吊りにされ拷問される。

その中で、海岸の波打ち際に立てられた十字架に磔にされた村人が、満潮になりゆく波を被って殉教するシーンがある。これは撮影に危険が伴うことから台湾においてロケが敢行され、プールで撮影を実施し、背景をCG合成したとのこと。

エンドロールを見ればVFX効果を、ジョージ・ルーカスが立ち上げたILMが担当したとあり、こんなSFとは微塵も関係のない作品もILMが手掛けていることがわかり驚く。

自然で違和感のないVFX描写に驚愕せざるを得ない。

しかし、VFX描写よりも特筆なのはストーリーである。
長崎奉行の役人が、村人に踏み絵を迫り棄教を薦める場面がある。

「こんなことはばからしい。どうでもいい。ちょっと足をかけるだけでよい。それでお前たちは自由の身だ」


この踏み絵の場面は、原作小説発表後、カトリック教会から批判を浴びたそうだが、それほどまでに観る者に対しても選択と考察を迫る。

崇める偶像を裏切らないことが信心か、自分を守ることが信心か。

踏み絵が語りかける言葉を感じられる者だけが救われたのは、自らの信仰心が足りていた証なのかは、よくわからない。

かつては自らも洗礼を受けた長崎奉行の通辞が語る。

日本ではキリスト教は伝来したものとは違うものに変質した



宗教は心のよりどころとなるものではあるが、それが身を滅ぼすことであってはならぬのだ。


・原作: 遠藤周作
・出演: アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライヴァー、浅野忠信、窪塚洋介 、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈 、加瀬亮、笈田ヨシ、リーアム・ニーソン
・監督: マーティン・スコセッシ
沈黙 – サイレンス – 公式


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